帰省時にすっかり老けた両親の姿を見て涙。自身の幸福な姿を見せることも大きな孝養。

正月、帰省した際、久しぶりに両親にあったのですが、すっかり年老いた二人の姿を見て、胸が張り裂けるような思いを抱きました。

長野に引っ越してからは、以前とは違って、たまにしか会う機会がないので、久しぶりに会うことで、老けてゆく姿がよりハッキリと分かるようになりました。

気になる年老いた両親

両親には普段は会うことは無く、姉と妹が身近で見ていてくれるので心配はあまりしていないのですが、なんせもう歳がとしなので、いつ何が起きてもおかしくない状態です。

たまに、姉や妹から連絡が入り、父親がふら付いてよろけた拍子に怪我をしたとか、母親が外出先でめまえがして座り込んだ、とかいった話を聞くことがあります。

そんな時は、子としてとてもつらい気持ちになりますし、何かあったときにすぐに行けない、もどかしさを感じたりしています。

久しぶりに親に会う

さて、久しぶりにあった父は、すっかり足腰が弱っていて、はたから見ると少し足を引きずった感じの歩き方をしていました。

聞いてみると、足が痛くて普段は杖をついているとのことで、最近は殆ど外出することはないとのことでした。

日々の動作も遅くなり、白髪やシワが増えて、髪の毛も薄くなり、すっかり老けて体調不良も色々と出ている様子でした。

母は、歩くペースがとても遅くなり、通常の会話が成り立たないくらいに耳が遠くなっていました。髪はすっかり白髪に変わってしまい、体力も衰えて食も細くなっていました。

孝養の思い

若かりし頃の二人を思い出しては、涙が出るような思いと同時に、よくぞ自分をここまで育ててくれたとの感謝の思いに立ち、親孝行をせねばとの思いが湧きあがりました。

具体的な親孝行の姿としては大別して、物理的に尽くすことと、精神的に尽くすことがありましょう。

物理的に尽くすことは文字通り、経済面で支えることですし、精神的に尽くすことは、親の意に沿うことをしてあげることでありましょう。

両親は経済的にはそれほど困っていないのですが、今回、長野の名産であるリンゴを、たくさん、お土産として持って行きました。

そして1月に誕生日を迎える父には、いつまでも元気に外出して欲しいとの願いを込めて、軽くて歩きやすい運動靴をプレゼントしました。どちらも喜んでもらえて良かったです。

幸福な姿を見せることが孝養

精神的にも比較的満たされている両親ですが、単に親の意に沿うことは世代も違う事から現実的ではありません。

何が喜びとして与えられるだろうかを考えたとき、やはり、子である自分自身が幸せでいる姿を見せること、孫がすくすくと成長している姿を見せること、が何よりも精神的に尽くすことではないでしょうか。

今回の帰省で、一部なりとも、その姿を見せることができたのは、何よりだったと思います。

子の幸せは親の幸せ、これは万人に共通のことでありましょう。

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