中国語の方向補語には色々あり、きちんと理解するのは意外に難しいものです。
本サイトでは、方向補語1つ1つを完璧にマスターできるように、細かく解説して行きます。
今回は、単純方向補語「下」について取り上げます。
目次
方向補語「下」の概要
方向補語「下」は単純方向補語の1つで、動詞の後に置いて下方向への動作を表します。
漢字の「下」には、下を意味する名詞や下がる・降りるなどの動詞、そのほか方位詞や量詞など、非常に幅広い意味・用法がありますが、方向補語の場合、別な動詞と結びついて述語部を形成するのが特徴です。
例えば、
と言えば「下」は、あくまで動詞で、方向補語ではありません。
と表現すれば、「下」は動詞「放」を補って下方向への動作を意味し、「下」は方向補語となります。
このように、方向補語「下」は、何らかの動詞の後について、下方向への動作を表します。
方向補語「下」の意味
方向補語「下」は、空間的に下方向、つまり低い所から高い所へ動作(移動)することを意味します。
従って、日本語に訳した場合、「下の方へ向かって」などのように表現されます。
方向補語「下」が持つイメージを図示すると、下のようにります。
では、具体的な例文をあげてみます。
これは、自転車から低い方へ向かって跳び下りることを意味します。
これは、涙が低い方へ向かって流れることを表しています。
いずれの例も、空間的に下の方向への移動・動作であることが分かります。
方向補語「下」は、動作の主体(主語)が移動する場合にも、対象が動作(移動)する場合にも用いることができます。
そして、本来の下方向の意味(方向義と呼称)から派生して生まれた、別な意味(派生義と呼称)もあります。
特に、方向補語「下」には、本来の意味と違う派生義がとても多くあります。
派生義の場合、意味としては結果補語と同じになりますが、これについては後で詳しく説明します。
基本的な語順や用法
動詞の後、目的語の前に置く
方向補語「下」を用いる基本文型は下記の通りです。
方向補語「下」は、動詞の後、目的語の前に置きます。
例えば、
を見ると、
她一个人【走】【下】【楼梯】
のように、【動詞】(走)、【方向補語】(下)、【目的語】(楼梯)の語順となっていることが分かります。
この語順は、目的語が事物を表す場合も場所を表す場合も変わらず、目的語が方向補語「下」の前に来ることはありません。
但し、把構文となる場合は、目的語は方向補語「下」よりも前にきて、動詞の前に置くようになります。
前掲の例をあげてみましょう。
この例では語順が
のようになりますが、これは一般的な把構文と同様です。
そして、単純方向補語「下」を使う場合、目的語を持つのが自然です。
例えば、
とは言えますが、単に
と言えばちょっと不自然です。
これだと聞き手は「どこを滑り落ちたの?」となって意味がよく分かりません。目的語を伴わないと、文としては不完全なのです。
否定には没を使う
方向補語「下」を用いた文の否定には、「没」(又は「没有」)を使用します。
方向補語は本来、結果を表すからです。
基本の構文は下記の通りです。
上記のように、否定を表す「没[有]」は、動詞の前におきます。
例文をあげます。
このように、動詞の動作を否定するために、「没」は動詞の前に置きます。
ここで、否定の「不」は使えないのか疑問が湧くと思います。
使えるかどうかだけ言えば、使うことはできます。実際、中国人も「不」を使った言い方をします。
例えば
などの文が成り立ちます。
しかし、この文の場合、”電車からは飛び降りないものの、飛び降りる”というニュアンスがあるため、肯定的な意味合いを含みます。
肯定文である「他跳下电车」を単純に否定する場合、「不」ではなく「没」が相応しいのです。
ちなみに、否定の「不」を方向補語「下」の直前(動詞の後)において「…跳不下…」のような表現すると、これは「…跳得下…」と同様、可能補語となります。
この場合、文の構造はもちろん、用法や意味も異なってきます。
方向補語「下」の発音
一般に、方向補語を持つ構文では、方向補語は軽声になることがあります。(注:記事中の全ての例文では、便宜上ピンインを第4声で記載)
「下」も同様で、本来の発音は第4声(xià)ですが、軽声(xia)の方が自然です。(第4声で発声しても間違いではない)
ただし、慣用句となった”坐下(zuò xià)”のような場合は、目的語を持たないため第4声の発音になります。
また、「下」が具体的な方向を示す場合は、第4声で発音します。
更に、「没」を含む
【没】+【動詞】+ 下
のような否定構文の場合、第4声(xià)で発音するのが一般的です。
特に、実現しなかったことを強調したい場合は、第4声にします。
例えば、肯定文では、
のように「下」は軽声ですが、実現しなかったことを「没」を用いて表現する場合は、
のように第4声で発音するのが普通です。特に、強調したい場合は、第4声で発音します。
但し、たとえ否定でも、事柄を客観的に述べる場合には「下」は軽声にします。
動詞と方向補語「下」の間に助詞の“得”や“不”が入る場合(可能補語)は、少し複雑になります。
“得”が入る場合、ふつう「下」は軽声となりますが、条件を表す場合や強調する場合は第4声で発音します。
“不”が入る場合、「下」は第4声となるのがふつうですが、反復疑問文の場合は軽声になります。
いずれの場合でも、「下」の後に目的語が来る場合は、一般に第4声で発音します。
方向補語「下」を含む文の強調
一般に、言葉を話す時には、語の強調(アクセント)があります。
当然、方向補語を含む言葉にも強調があり、これには規則性があります。
「動詞」+「方向補語」の構文
まず、「動詞」+「方向補語」の構文です。
この構文において、「方向補語」の後に目的語が来ない場合は、動詞にアクセント(強調)が置かれます。
方向補語「下」は、ふつうは目的語を伴いますので、これに該当するのは、「把構文」の場合です。
例えば、
の場合、動詞である「放」にアクセントが置かれます。
方向補語「下」は軽声です。
「動詞」+「方向補語」+「目的語」の構文
次に、「動詞」+「方向補語」+「目的語」の構文についてです。
この構文の場合、「目的語」によってアクセントの対象が変わります。
「目的語」が一般の名詞の場合、アクセントは目的語(名詞)に置かれます。
例えば、
と言えば、目的語である眼镜にアクセントが置かれます。
「目的語」が代名詞の場合、アクセントは動詞に置かれるのが一般的です。
例えば、
と言えば、動詞である放にアクセントが置かれます。
なお、「目的語」が数量詞の場合、几などの不定の数量詞なら動詞にアクセントが置かれ、二、三、四など定数の数量詞なら数詞にアクセントが置かれます。
下来・下去との違いは
「下」はそれ自体が方向補語(単純方向補語)ですが、「下」を含む「下来」や「下去」も方向補語(複合方向補語)です。
これらは、下方向の動作を表す点では同じですが、基準点(通常は話者)を持つところが異なります。
下来は、下方向に動作しながら基準点に近づくことを意味します。
図示すると下記のようなイメージになります。
一方、下去は、下方向に動作しながら基準点から遠ざかることを意味します。
図示すると下記のようなイメージになります。
つまり、単純方向補語「下」は、基準点を持たないため、下方向への動作の意味しかなく、近づく、遠ざかるといった概念を持ちません。
「下来」や「下去」には、基準点という概念があり、その点で「下」と異なります。
「下来」や「下去」は複合方向補語であるため、単純方向補語「下」とは用法や語順、発音などが違います。
また、「下来」や「下去」は、「下」と同様、派生義が多くあるため実際の違いは複雑です。
複合方向補語「下来」「下去」についての詳細はここでは省略し、別な記事で説明することにします。
いろいろある派生義
方向補語「下」は、空間的に下方向への動作を意味する場合、方向義と呼称します。
これに対して、派生して生まれた別の意味もあり、これを派生義と呼称します。
派生義は、元の意味から派生して広がり、形容詞の後につく場合もあります。
方向補語「下」にも様々な派生義があり、共通点は動作の完了やそれに伴う結果を意味しますが、大別すると下記の6つになります。
(1)くっついていたものが離脱する意
(2)落着き安定する意
(3)動作や行為の結果、残存する意
(4)決定や動作の結果を固定する意
(5)停止する意
(6)収容可能な意
分類により上記と異なる場合もありますが、大別すればこれら6つです。
以下、(1)~(6)について例文を挙げて説明します。
(1)くっついていたものが離脱する意
この派生義は、くっついていたもの、或いはいっしょであったものが動作の結果、離れたり、外れたり、取れたりするなどの離脱・分離を表します。
例文をあげます。
她脱下工作服(tā tuō xià gōngzuòfú)…彼女は仕事着を脱いだ
いずれの例文を見ても分かりますが、もとはいっしょであった(くっついていた)ものが、動作の結果として分離しています。
元々は一体であったものが、動作の結果として離脱・分離して別々なものになる点がこの種の表現の大きな特徴です。
他にも色々な表現で使います。
取下假牙(qǔ xià jiǎyá)…入れ歯を外す
摘下耳饰(zhāi xià ěr shì)…イヤリングを外す
卸下螺丝钉(xiè xià luósīdīng)…ネジを取り外す
取下书的封皮(qǔ xià shū de fēngpí)…本の表紙を外す
方向補語「上」の派生義の1つに「くっつく(付着する)」意味がありますが、これと対比して覚えるといいでしょう。
(2)落ち着き安定する意
この派生義は、人や事物が動作や行為によって不安定な所(位置)を離れて、安定した所(位置)に落ち着くことを表します。
多くは、下方の位置へ向かって動作を行い、高い所(不安定な状態)から低い所(安定した状態)へ到着することを意味します。
例を見てみましょう。
他在沙发上躺下(tā zài shāfā shàng tǎng xià)…彼はソファに横になった
上記の例は、いずれも身体を下方の位置に向かって移動しているため、方向義とする見方もできます。
しかし、いずれも椅子やソファなど安定した所に落ち着いていることから、派生義の1つとするのが一般的です。
別な例文も見てみます。
我今天太累了,一躺下就进入了梦乡(wǒ jīntiān tài lèile, yī tǎng xià jiù jìnrùle mèngxiāng)…今日は疲れていたので、横になったらすぐに寝てしまいました
他在他的床上躺下(tā zài tā de chuángshàng tǎng xià)…彼は自分のベッドに横になりました
いずれの例も、下方向への移動はあるものの、落ち着き安定する要素を含んでいることが分かります。
(3)動作や行為の結果、残存する意
この派生義は、動作や行為の結果、何かが残ること(残存・遺棄)を表します。
例をあげましょう。
我存下了首期付款(wǒ cún xiàle shǒu qí fùkuǎn)…私は頭金を貯めました
1つ目の例文では、後遺症が残ってしまったこと、2つ目の例文では、貯めた頭金が残っていることを意味していますから、いずれも残存の意であることが分かります。
では、別な例を見てみます。
他一进门就扔下书包(tā yī jìnmén jiù rēng xià shūbāo)…彼は玄関に入るなり、ランドセルを投げ捨てた
これら2つの例では、残存の意味が少し分かりにくいのですが、1つ目は購入した飲み物が自己の所有となって残存していますし、2つ目は放り投げられたランドセルが玄関にそのまま置き去られて残存しています。
この種の表現では、対象となる何かが残っていることが特徴です。
(4)決定や動作の結果を固定する意
この派生義は、決定して変更がないことや完成して結果が固定されたこと、動作・行為が完了したことなどを意味します。
例をあげましょう。
我给自己定下明确的目标(woǒ jǐ zìjǐ dìng xià míngquè de mùbiāo)…私は自分自身に明確な目標を設定しました
他发下誓言(tā fā xià shìyán)…彼は誓いを立てた
1つ目の例では、家を借りる手続きが完了して借りることが決定したことを示し、2つ目の例では、明確な目標がしっかりと定まったことを意味し、3つ目の例では、確固たる誓いを立てたことを表しています。
言い方を変えれば、3つの例はそれぞれ、借家の契約撤回がないこと、目標が変わることがないこと、曖昧な誓いではないことを示しています。
方向補語の「下」が付くことで、結果が決定的である意味となります。
(5)停止する意
この派生義は、動作や行為を停止することを表します。
例を見てみましょう。
她叫他的司机靠边停下车(tā jiào tā de sījī kàobiān tíng xià chē)…彼女は運転手に脇に停車するように言った
いずれも、停下を使い、停止したことを表しています。
「下」を除いて単に「停」だけでも表現できそうですが、「飲まない状態に至った」、「道路脇に停車するに至った」のように、結果に趣が置かれる点で、ニュアンスが微妙に違います。
(6)収容可能な意
この派生義は、ある数量が収納可能であるかどうかを表します。
動詞と方向補語「下」の間に”得”(できる)や”不”(できない)を入れて可能補語となるのが普通ですが、入れない場合もあります。
例をあげます。
这瓶子只能装下七滴半香水(zhè píngzi zhǐ néng zhuāng xià qī dī bàn xiāngshuǐ)…このボトルには7滴半の香水しか入りません
这个新建广场可站下5万多人(zhège xīnjiàn guǎngchǎng kě zhàn xià 5 wàn duō rén)…この新しい広場は 50,000 人以上を収容できる
いずれも収容できることを表しています。
「下」は収納可能な意を持ちますので、可能の意味を表す”能“や”可“を使わなくても表現できます。
このように方向補語「下」には、色々な派生義があります。
意味を整理して、きちんと覚えたいものです。