中国語の方向補語には色々あり、きちんと理解するのは意外と難しいものです。
本サイトでは、方向補語1つ1つを完璧にマスターできるように、細かく解説して行きます。
今回は、単純方向補語「进」について取り上げます。
目次
方向補語「进」の概要
方向補語「进」は単純方向補語の1つで、動詞の後について、人や事物が外から中(内)へ向かう動作を表します。
漢字の「进」は、日本の漢字の「進」に相当し、本来は「入る」「入れる」「中へ向かう」などを意味する動詞の用法があり、単独で使われることがあります。
例えば、
と言えば「进」は、あくまで「入る」ことを表す動詞で、方向補語ではありません。
方向補語の用法では、別な動詞と結びついて述語部を形成します。
のように表現すれば、「进」は動詞「走」を補って「事務室の中へ向かって歩く」のような意味を表し、方向補語となります。
このように、方向補語「进」は、何らかの動詞の後について、中へ向かう動作を表します。
方向補語「进」の意味
方向補語「进」は、空間的に外から中(内)へ向かう動作(移動)を意味します。
従って、日本語に訳した場合、「中(内)へ向かって」のように表現されます。
方向補語「进」が持つイメージを示すと、下図のようになります。
では、具体的な例文をあげてみます。
この例では、危険物(目的語で動作の対象)を車外から車内に向かって移動したことを表しています。
別な例を見てみます。
この例では、教室の外から教室の中へ主体(主語=我)が移動したことを表しています。
いずれの例も、空間的に中(内)に向かう移動・動作であることが分かります。
そして、方向補語「进」は、対象が動作(移動)する場合(1つ目の例)にも、動作の主体(主語)が移動する場合(2つ目の例)にも、どちらにも用いることができます。
ちなみに、方向補語「进」には、派生義(本来の意味とは異なる、派生して広まった別な意味)は無いとも言われていますが、本来の意味とは少し趣が違う使い方もあります。
これについては後で説明します。
基本的な語順や用法
動詞の後、目的語の前に置く
方向補語「进」を用いる基本文型は下記の通りです。
方向補語「进」は、動詞の後、目的語の前に置きます。
例えば、
では、
他立刻【跑】【进】了【医院】
のように、【動詞】(跑)、【方向補語】(进)、【目的語】(医院)の語順となっていることが分かります。
この語順は、目的語が事物を表す場合も場所を表す場合も変わらず、目的語が方向補語「进」の前に来ることはありません。
ただし、把構文の場合は、目的語を方向補語「进」の前、動詞の前に置くことができます。
この例では、「剪刀」と「箱子里」の2つの目的語を持っていて、
のようになっていますが、目的語が1つでも2つでも、語順や用法は一般的な把構文と同じです。
そして、単純方向補語「进」を使う場合、必ず目的語を持ちます。
例えば、前述の例のように
とは表現できますが、単に
と言えば、文として不完全です。
この表現だと聞き手は「どこに入ったの?」となってよく分かりません。目的語を伴わないと、文としては不自然なのです。
否定には没を使う
方向補語は本来、結果を表わしますので、方向補語「进」を用いた文の否定には、「没」(又は「没有」)を使用します。
否定の場合の基本構文は下記の通りです。
上記のように、否定を表す「没[有]」は、動詞の前におきます。
例えば、
のように、「没[有]」は動詞の前です。
ここで、「否定の『不』は使えないのか?」との疑問が湧くと思います。
試しに、上の例文に当てはめてみます。
この表現では、「カバンの中に入れない」との意味で、カバンではない別なところへ入れるという肯定のニュアンスも含んでいます。
従って、肯定文を単純に否定する場合、「不」ではなく「没」が相応しいのです。
ちなみに、否定の「不」を方向補語「进」の直前、動詞の直後において「…不进…」のような表現にすると、これは「…得进…」と同様、可能補語になります。
この場合、文の構造はもちろん、用法や意味も異なってきます。
方向補語「进」の発音
一般に、方向補語を持つ構文では、方向補語は軽声になることがあります。(注:記事中の例文では、便宜上ピンインを全て第4声で記載)
「进」の場合も同様で、本来の発音は第4声(jìn)ですが、軽声(jin)で発音することがあります。
【動詞】+ 进 +【目的語】
のようなごく一般的な構文の場合、「进」は軽声となります。
但し、「进」が具体的な方向や動作を示す場合は、第4声で発音します。
また、「没」を用いる
没 +【動詞】+ 进 +【目的語】
のような否定形の場合、「进」は第4声(jìn)で発音するのが一般的です。
特に、実現しなかったことを強調したい場合は、必ず第4声にします。
ただ、たとえ否定でも、事柄を客観的に述べる場合、「进」は軽声で発音するのが自然です。
更に、動詞と方向補語「进」の間に助詞の“得”や“不”が入る場合(可能補語となる)、つまり動詞の直ぐ後に「进」が来ない場合は、第4声で発音します。
具体的には、「…得进…」や「…不进…」の場合です。
方向補語「进」を含む文の強調
一般に、言葉を話す時には、語の強調(アクセント)があります。
当然、方向補語を含む言葉にも強調があり、これには規則性がありますが、「进」についても同様のことが言えます。
「動詞」+「方向補語」の構文
まず、「動詞」+「方向補語」の構文です。
この構文において、「方向補語」の後に目的語が来ない場合は、動詞にアクセント(強調)が置かれます。
この時、「进」は軽声で、まとめると、
「動詞」(アクセント)+「进(方向補語)」(軽声)
のようになります。
方向補語「进」は、ふつうは目的語を伴いますので、目的語が1つの「把構文」の場合や、強調などのための「目的語の前置」の場合など、特殊なケースがこれに該当します。
「動詞」+「方向補語」+「目的語」の構文
次に、「動詞」+「方向補語」+「目的語」の構文についてです。
この構文の場合、「目的語」によってアクセントの対象が変わります。
「目的語」が一般の名詞の場合、アクセントは目的語(名詞)に置かれます。
例えば、前述の
の場合、目的語である教室にアクセントが置かれます。
但し「目的語」が代名詞なら、アクセントは動詞に置かれるのが普通です。
また、「目的語」が数量詞の場合、几などの不定の数量詞なら動詞にアクセントが置かれ、二、三、四など定数の数量詞なら数詞にアクセントが置かれます。
进来・进去との違いは
「进」はそれ自体が方向補語(単純方向補語)ですが、「进」を含む「进来」や「进去」も方向補語(複合方向補語)です。
これらは、外から中(内)へ向かう動作を表す点では同じですが、基準点(通常は話者)を持つところが異なります。
进来は、外から中へ向かう動作をしながら基準点に近づくことを意味します。
いわゆる「外から中へ入って来る」ことを意味します。
図示すると下記のようなイメージです。(☆が基準点)
一方、进去は、外から中へ向かう動作をしながら基準点から遠ざかることを意味します。
いわゆる「外から中へ入って行く」ことを意味します。
図示すると下記のようなイメージです。(☆が基準点)
つまり、単純方向補語「进」は、基準点を持たないため、「外から中へ」の動作の意味しかなく、近づく(来る)や、遠ざかる(行く)といった概念を持ちません。
「进来」や「进去」には、基準点という概念があり、その点で「进」と異なります。
「进来」や「进去」は複合方向補語であるため、単純方向補語「进」とは用法や語順、発音などが違います。
ただ、実用的な表現としては、単純方向補語「进」よりも複合方向補語の「进来」や「进去」を使うことの方が多いのが現実です。
実際、この記事で挙げている例文についても、実用上は「进来」や「进去」を使った方がより自然な表現になる場合があります。
なお、複合方向補語「进来」「进去」についての詳細はここでは省略し、別な記事で説明することにします。
「进」の派生義は?
方向補語「进」は、空間的に人や事物が外から中(内)へ向かう動作を示し、これを方向義と呼称します。
方向義に対して、派生して生まれた別の意味を派生義と呼びます。
一般に、方向補語には元の意味から派生して広がった派生義がありますが、方向補語「进」について言えば、派生義は無いとされています。
しかし、実際には本来の意味とは少し異なる使い方もありますので、これについて触れておきます。
意味の異なる具体的な使い方としては、「听」や「看」など、一部の限られた動詞について”効果の有無”を表す用法です。
例えば、
のような表現ができます。
この例では、他の人の意見を聞(=听)いても、その意見が彼の中に入って行かない(=不进)ことを表しています。
つまり、聞いても(耳にしても)中に入って行かないから効果が得られないという意味です。
別な例を見てみます。
これは、彼に何を忠告しても聞き入れられない、つまり「効果が得られない」ことを表しています。
これらの例を見ても分かるように、この種の使い方では「不」を伴って可能補語の形を取ることが多いです。
そして、「听」+「进」で構成される可能補語の用法では、「去」を伴って
听得进去(tīng de jìn qù)…聞いていられる、耳を貸すことができる
のような慣用的なフレーズもあります。
また、同様に「看」を用いて
我看英语语法总是看不进去(wǒ kàn yīngyǔ yǔfǎ zǒng shì kàn bù jìnqù)…英文法が理解できない
などの表現ができます。
1つ目の例文は、見ようとしているが対象を見ることができない(見ている効果が得られない)意味で、2例目は文法を(本などで)見て学んでいるが頭に入らない(見ている効果が得られない)ことを表しています。
このように、この種の用法では、聞いているけど頭に入って行かない、見ているけど理解できないなど、効果が得られない意味を表します。
方向補語「进」にも、本来の意味とちょっと違った使い方があるのですね。
例にもあるように、実用上は可能補語の用法であったり、「进去」のような複合方向補語であったりするのが普通ですが、理解を深めるためにも、ぜひ覚えておきたい使い方です。