中国語の方向補語には色々ありますが、しっかり理解するのは意外に難しいものです。
本サイトでは、方向補語1つ1つを完璧にマスターできるように、細かく解説して行きます。
今回は、単純方向補語「上」について取り上げます。
目次
方向補語「上」の概要
方向補語「上」は単純方向補語の1つで、動詞の後について上方向への動作を助け表します。
漢字の「上」には、名詞や動詞のほか、方位詞を形成するなど幅広い意味・用法がありますが、方向補語の場合、別な動詞と結びついて述語部を形成するのが特徴です。
例えば、
における「上」は、あくまで動詞ですが、
と表現すれば、「上」は動詞「爬」を補って上方向への移動の意味を表し、方向補語の用法となります。
このように、方向補語「上」は、何らかの動詞の後について、上方向への動作を助け表します。
方向補語「上」の意味
方向補語「上」は、空間的に上方向、つまり低い所から高い所へ動作(移動)することを示します。
従って、日本語に訳した場合、「上の方へ向かって」のように表現されます。
方向補語「上」が持つイメージを示すと、下図のようになります。
では、具体的な例文をあげます。
これは、山の低い位置から山頂へ登ることを意味します。
これは、低い階からそれより上の階である5階へ駆けて移動することを意味します。
いずれの例も、空間的に上方向への移動(動作)であることが分かります。
上記の例では、「上」は動作の主体(主語)が移動していることを表していますが、動作の対象を表すこともあります。
例えば、
と言えば、動作の対象は主体(主語)ではなく眼睛(眼)です。
方向補語「上」は、動作の主体を表す(通常は自動詞)こともできれば、動作の対象を表す(通常は他動詞)こともできます。
そして、方向補語「上」には、本来の上方向の意味から派生して生まれた、上方向とは別な意味もあります。
実は、既にあげた上記の例(闭上眼睛)も、実は”上方向”の意味ではありません。本来の意味から派生して”付着の意味”を持つようなった一例です。
このように、方向補語「上」には、派生義と呼ばれる”上方向”とは違う意味・用法が多くあります。
派生義の場合、方向を表す意がないことから、意味としては結果補語と同じになります。これについては後で詳しく説明します。
基本的な語順や用法
動詞の後、目的語の前に置く
方向補語「上」を用いる基本文型は下記の通りです。
方向補語「上」は動詞の後に置き、目的語の前にきます。
例えば、
を見ると、
他急忙【跑】【上】【楼梯】
のように、【動詞】(跑)、【方向補語】(上)、【目的語】(楼梯)の語順となっていることが分かります。
この語順は、目的語が事物を表す場合も場所を表す場合も変わらず、目的語が方向補語「上」の前に来ることはありません。
但し、把構文となる場合は、目的語は方向補語「上」よりも前にきて、動詞の前に置くようになります。
この例では語順が
のようになりますが、これは一般的な把構文と同様です。
そして、単純方向補語「上」を使う場合、原則として目的語を持ちます。
例えば、
とは言えますが、単に
とは言えません。
これだと聞き手は「何によじ登るの?」となって意味が通じません。目的語を伴わないと、文としては不完全なのです。
否定には没を使う
方向補語「上」を用いた文の否定には、「没」(又は「没有」)を使用します。
方向補語は本来、結果を表すからです。
基本の構文は下記の通りです。
上記のように、否定を表す「没[有]」は、動詞の前におきます。例文をあげます。
このように、動詞の動作を否定するために、「没[有]」は動詞の前に置きます。
ここで、否定の「不」は使えないのか疑問が湧くと思います。
使えるかどうかだけを言えば、使うことはできます。実際、中国人も「不」を使った言い方をします。
例えば
などの文が成り立ちます。
しかし、この文の場合、”山頂には登らないものの、山そのものには登る”というニュアンスがあるため、肯定的な意味合いを含みます。
肯定文である「他登上山顶」を単純に否定する場合、「不」ではなく「没[有]」が相応しいのです。
ちなみに、否定の「不」を方向補語「上」の直前(動詞の後)において「…登不上…」のように表現すると、これは「…登得上…」と同様、可能補語となります。
この場合、文の構造はもちろん、用法や意味も異なってきます。
方向補語「上」の発音
一般に、方向補語を持つ構文では、方向補語が軽声になることがあります。(注:例文内では便宜上、ピンインは全て第4声で記載しています)
「上」も同様で、本来の発音は第4声(shàng)ですが、通常は軽声(shang)が多くなります。
ただし、「没」を含む
没 +【動詞】+ 上
の構文の場合、第4声(shàng)で発音するのが一般的です。
特に、実現しなかったことを強調したい場合は、第4声にします。
例えば、肯定文では、
の中の「上」は軽声が自然ですが、実現しなかったことを「没」を用いて表現する場合は、
の中の「上」は第4声で発音するのが自然です。特に、強調したい場合は、必ず第4声で発音します。
また、「上」に具体性がある場合、肯定文、否定文ともに第4声で発音することが多くなります。
例えば、下記の通りです。
この例では、対象の窓が明確であり、しっかり閉めると言う具体的な動作の意が込められていることが分かります。
具体性がなく抽象的な場合には、「上」はあくまで軽声となります。
更に、動詞と方向補語(上)の間に助詞の“得”や“不”が入る場合(可能補語)は、動詞と方向補語が分離されるため、「上」は第4声で発音します。
この例は、分類上は可能補語ですが、動詞と方向補語が分離された場合の発音のルールとして覚えておきましょう。
方向補語「上」を含む文の強調
一般に、言葉を話す時には、語の強調(アクセント)があります。
当然、方向補語を含む言葉にも強調があり、これには規則性があります。
「動詞」+「方向補語」の構文
まず、「動詞」+「方向補語」の構文です。
この構文において、「方向補語」の後に目的語が来ない場合は、動詞にアクセント(強調)が置かれます。
方向補語「上」は、目的語を伴いますので、これに該当するのは、「把構文」の場合です。
例えば、
の場合、動詞である「戴」にアクセントが置かれます。
方向補語「上」は、あくまで軽声です。
「動詞」+「方向補語」+「目的語」の構文
次に、「動詞」+「方向補語」+「目的語」の構文についてです。
この構文の場合、「目的語」によってアクセントの対象が変わります。
「目的語」が一般の名詞の場合、アクセントは目的語(名詞)に置かれます。
例えば、
と言えば、目的語である裤子にアクセントが置かれます。(子は軽声)
「目的語」が代名詞の場合、アクセントは動詞に置かれるのが一般的です。
例えば、
と言えば、動詞である看にアクセントが置かれます。
なお、「目的語」が数量詞の場合、几などの不定の数量詞なら動詞にアクセントが置かれ、二、三、四など定数の数量詞なら数詞にアクセントがおかれます。
上来・上去との違いは
「上」はそれ自体が方向補語(単純方向補語)ですが、「上」を含む「上来」や「上去」も方向補語(複合方向補語)です。
これらは、上方向の動作を表す点では同じですが、基準点(通常は話者)を持つところが異なります。
上来は、上方向に動作しながら基準点に近づくことを意味します。
図示すると下記のようなイメージになります。
一方、上去は、上方向に動作しながら基準点から遠ざかることを意味します。
図示すると下記のようなイメージになります。
つまり、単純方向補語「上」は、基準点を持たないため、上方向への動作の意味しかなく、近づく、遠ざかるといった概念を持ちません。
「上来」や「上去」には、基準点という概念があり、その点で「上」とは異なります。
ちなみに、「上来」や「上去」は複合方向補語であるため、単純方向補語「上」とは用法や語順、発音などが違います。ここでは詳細は省略し、別な記事で説明することにします。
いろいろある派生義
方向補語「上」は、空間的に上方向への動作を意味する場合、方向義と呼称しますが、派生して生まれた派生義と呼ばれる他の意味もあります。
派生義は、元の意味から派生して広がり、形容詞の後につく場合もあります。
方向補語「上」にも様々な派生義があり、下記の4つに分類できます。
(1)くっつくことや付着の意
(2)あるレベルや目標の達成や追いつく意
(3)一定の数量に達する意
(4)動作の開始と継続の意
分類の仕方によって上記とは少し異なる場合もありますが、大別すればこれら4つに分けることができます。
以下、(1)~(4)について例文を挙げて説明します。
(1)くっつくことや付着の意
この種の派生義は、動作の結果、くっついたり、付着したり、合わさったり、結合したり、添加されたりすることを表します。
例文をあげてみましょう。
教科書を閉じる動作は、開いていた両頁が合わさること、ドアの鍵を掛けることはドアが結合され固定されることを表しています。
これらの他にも、
关上窗户(guān shàng chuāng hù)…窓を閉める
锁上门(suǒ shàng mén)…ドアに鍵をかける
戴上围巾(dài shàng wéi jīn)…マフラーをまく
贴上画儿(tiē shàng huà ér)…絵を貼る
など、色々な派生義がありますが、いずれもくっつくなどの意味を持ちます。
この種の派生義では、動作の結果として自然とくっつく点が大きな特徴です。
(2)あるレベルや目標の達成や追いつく意
この種の派生義は、動作が、何らかの対象や目標、目的、或いは一定の水準や基準に達することを表します。
例文をあげてみましょう。
1つ目の例では「皆」という対象に追いつく(達した)こと、2つ目の例では「お礼」が対象(差し上げる相手)に渡される(達する)ことを表しています。
他にも、
考上大学(kǎo shàng dà xué)…大学に合格する
住上新房(zhù shàng xīn fáng)…新しい家に住む
などの様々な派生義があります。
「住上新房」の例は少し分かりにくいのですが、経済力や生活レベルが「新しい家に住めるレベルに達した」というニュアンスを持っています。
この種の派生義では、いずれも何らかに到達した意味を含んでいます。
(3)一定の数量に達する意
この種の派生義は、動作の結果、ある一定の数量に到達することを表します。「上」の後にはその数量を表す数量詞が来ます。
几などの不定の数量詞を使うこともできます。
例をあげてみます。
1つ目の例では時間と言う数量を、2つ目の例では日数と言う数量をそれぞれ表し、その数量に到達する意味を持つことが分かります。
この種の派生義では、通常、方向補語の「上」を省いても意味は変わりません。
(4)動作の開始と継続の意
この種の派生義は、動作などを開始してある状態に達し、それが継続していることを表します。
例をあげましょう。
1つ目の例は好きになってその気持ちが続いていること、2つ目の例は忙しくなって多忙な状態が続いていることを表しています。
この種の派生義では、継続していることよりも開始したことの方に重点が置かれます。