中国語の方向補語には色々あり、きちんと理解するのは意外と難しいものです。
本サイトでは、方向補語1つ1つを完璧にマスターできるように、細かく解説して行きます。
今回は、単純方向補語「到」について取り上げます。
目次
方向補語「到」の概要
補語「到」は、通常は結果補語に分類されます。
しかし、広義には方向補語の1つと解釈されるため、ここでは方向補語として説明します。
方向補語「到」は、動詞の後について、人や事物が何らかの地点や目標に到達する動作を表します。
これは、結果補語として解釈する場合も同様で、動作が目的に到達したこと、成就したことを表します。
漢字の「到」は、本来は「着く」「到達する」「到着する」「到る」などを意味する動詞の用法があり、単独で使われることもあります。
例えば、
と言えば「到」は、あくまで「到着する」ことを表す動詞で補語ではありません。
と表現すれば、「到」は動詞「収」を補って「収めるに到った(受け取った)」ことを意味し、方向補語(結果補語とも解される)となります。
このように、方向補語「到」は、何らかの動詞の後について、目標などの結果に到った動作を表します。
方向補語「到」の意味
方向補語「到」は、本来、空間的な目標や目的に向かって動作して、その対象に到ることを意味します。
従って、日本語に訳した場合、「~に到った」のように表現されます。
方向補語「到」が持つ意味を示すと、下図のようなイメージです。
何らかの対象(上図の黒丸)に向かい、そこに到る動作を表します。
では、具体的な例文をあげてみます。
この例では、故郷へ向かって戻り、故郷に到着したことを表しています。
別な例を見てみます。
この例では、戸口に到るところまで送ってくれたことを表しています。
いずれの例も、空間的に何らかの地点に到達する意味であることが分かります。
到達する対象は、主語(1つ目の例の「她」)の場合も、目的語(2つ目の例の「我」)の場合もあります。
そして、方向補語「到」は、空間的な到達だけでなく、時間的な到達や、目標などへの到達を表すこともあります。
基本的な語順や用法
動詞の後、目的語の前に置く
方向補語「到」を用いる基本文型は下記の通りです。
方向補語「到」は、動詞の後、目的語の前に置きます。
例えば、上述の
では、
她【回】【到】了【家乡】
のように、【動詞】(回)、【方向補語】(到)、【目的語】(家乡)の語順となっていることが分かります。
この語順は、目的語が何んであれ変わらず、目的語が方向補語「到」の前に来ることはありません。
ただし、把構文の場合や、強調の為に目的語の前置がされる場合は、目的語を方向補語「到」の前、動詞の前に置くことができます。
この例では、
のように目的語の前置がされていることが分かります。
方向補語「到」を用いる場合も、把構文や目的語を前置する場合の語順は、一般の文と同じです。
そして、単純方向補語「到」を使う場合は、語順に関係なく目的語を伴います。
例えば、前述の例のように
とは表現できますが、単に
と言えば、聞き手は「どこに戻り着いたの?」となって意味が通じません。
目的語を伴わないと、文として不自然なのです。
否定には没を使う
方向補語は本来、結果を表わしますので、方向補語「到」を用いた文の否定には、「没」(又は「没有」)を使用します。
否定の場合の基本構文は下記の通りです。
上記のように、否定を表す「没[有]」は、動詞の前におきます。
例えば、
のように、「没[有]」は動詞の前に置きます。
このように単なる否定には、「没[有]」を使いますが、条件を表す否定文には「不」を使うこともあります。
ちなみに、否定の「不」を方向補語「到」の直前、動詞の直後において「…不到…」(例えば、听不到:聞き取れない)のような表現にすると、これは「…得到…」と同様、可能補語になります。
この場合、文の構造はもちろん、用法や意味も異なってきます。
方向補語「到」の発音と文の強調
一般に、方向補語を持つ構文では、方向補語は軽声になることがあります。
しかし、「到」の場合は結果補語の要素の方が強く、基本的に軽声にはなりません。
「到」の本来の発音は第4声(dào)ですから、他の動詞と結びついて述語部を形成しても、「到」は”dào”と第4声で発音するのが普通です。
これは、目的語の位置が変わっても、否定形となっても変わりません。
また、言葉には語の強調(アクセント)がありますが、この規則性は基本的に他の方向補語と同様です。
方向補語「到」の後に目的語がない場合、動詞にアクセント(強調)が置かれます。
方向補語「到」の後に目的語が来る場合、目的語にアクセントが置かれます。
但し、これは目的語が一般の名詞の時だけで、代名詞の場合は、動詞にアクセントがきます。
また、目的語が二、三、四など定数の数量詞なら数詞にアクセントを置きます。
いずれの場合も、補語「到」は第4声のままです。
到来・到去との違いは
「到」はそれ自体が方向補語(単純方向補語)と解釈することができますが、「到」を含む「到来」や「到去」も方向補語(複合方向補語)と解釈できます。
これらは、何らかの目標に向かって動作して、そこに到達することの意味では同じですが、基準点(通常は話者)を持つところが異なります。
到来は、目標に向かうと同時に基準点に近づき到達することを意味します。
いわゆる「近づきながら目標に到達する」ことを意味します。
図示すると下記のようなイメージです。
一方、到去は、何かの目標に向かうと同時に基準から遠ざかり到達することを意味します。
いわゆる「遠ざかりながら目標に到達する」ことを意味します。
図示すると下記のようなイメージです。
つまり、単純方向補語「到」は、基準点を持たないため、「目標に向かって到達する」動作の意味しかなく、近づく(来る)や、遠ざかる(行く)といった概念を持ちません。
これに対し、「到来」や「到去」には、基準点という概念があり、その点で「到」と異なります。
実際の用法としては、「到来」は”「到」+場所+「来」”、「到去」は”「到」+場所+「去」”のようになり、到のすぐ後に場所を表す目的語が来ます。
つまり、「到来」ではなく「到…来」、「到去」ではなく「到…去」という形式です。
一般に、単純方向補語「到」の後に場所を表す目的語が続く場合、その目的語の後に「来」や「去」を置くことができます。(下記)
「到」+「目的語」(場所)⇒「到」+「目的語」(場所)+「来/去」
なお、複合方向補語「到…来」と「到…去」についての詳細はここでは省略し、別な記事で説明することにします。
方向補語「到」の様々な意味
方向補語「到」は、人や事物が空間的に目標に向かって動作して、その目標に到達することを表します。
これに対して、本来の意義とは少し違う意味もあります。
一般に、補語「到」は方向を意味する要素が小さく、結果に到る意味あいが強いため、結果補語と解釈されます。
従って、方向補語か結果補語かは解釈による違いと考えてよいでしょう。
以下、補語「到」の解釈の仕方に囚われず、「到」が補語として働く場合の様々な意味について説明します。
補語「到」は主に下記の4通りの使い方をします。
(1)動作が目的に到達することを表す
(2)動作がある時点まで継続することを表す
(3)動作や状態がどの程度に到るかを表す
(4)状態が到達している程度を説明する
以下、(1)~(4)について例文を挙げて説明します。
(1)動作が目的に到達することを表す
方向補語の場合、空間的な目的に到達する動作を表しますが、それ以外の目的や目標に到達することを表します。
この場合、単に具体的な目的や目標を表現することもありますが、結果に到ったことや成就した意味を表現することもあります。
通常、目的語は動作の対象となります。
例を見てみます。
那个新闻你听到了没有(nàgè xīnwén nǐ tīng dàole méiyǒu)…あなたはあの報道を耳にしましたか
1つ目の例では、欲しかった服をついに手に入れた、つまり目的を達したことを表しています。
中国語の場合、単に买だけで表現すると”買っただけ”で、買った結果として入手したかどうかは不明です。
买到と表現することで、”買って手に入れた”という意味になります。
2つ目の例では、報道を聞くに至った(結果)を表しています。
中国語では、単に听だけで表現すると”耳を傾けて聞く”意味に過ぎません。
听到と表現することで、”実際に聞こえて頭に収まった”という意味になります。
2例とも動作の結果を表わす結果補語の働きになっていることが分かります。
また、目的への到達を表す場合、動詞と補語「到」の間に、「得」や「不」を挟んで可能や不可能を表す(可能補語)ことができます。
大点儿声,我这儿听不到(dà diǎn er shēng, wǒ zhè’er tīng bù dào)…聞き取れないので、もっと大きな声で話して
これらは、一般の可能補語の意味・用法と同じです。
可能補語の表現のうち、做得到(できる)や做不到(できない)などはとてもよく使う言い回しです。しっかり覚えておきましょう。
そして、補語「到」を使う表現には、慣用的なものがとても多くあります。
良く使う表現をいくつか、下記にあげておきます。
听到(tīng dào):聞こえる
想到(xiǎngdào):思い付く、思い浮かぶ
找到(zhǎodào):探し当てる
做到(zuò dào):やり遂げる、成し遂げる
收到(shōu dào):受け取る、収める
受到(shòudào):受ける
感到(gǎndào):感じる、思う
看到(kàn dào):見える、目に入る
赶到(gǎn dào):間に合うように到着する、急いで駆けつける
(2)動作がある時点まで継続することを表す
この表現では、動作がある時点まで継続することを表し、「到」の後に時間を表す語句(名詞)が置かれます。
例をあげます。
昨天做游戏做到半夜一点多(zuótiān zuò yóuxì zuò dào bànyè yīdiǎn duō)…昨日は深夜1時過ぎまでゲームをしていた
1つ目の例では、降雪が半夜(真夜中)に到ったこと、2つ目の例ではゲーム遊びを半夜一点多(夜中の1時過ぎ)までしていたことを表現しています。
いずれも、時間を表す語句が「到」の後に置かれていることが分かります。
ちなみに、この種の表現の場合、動詞と「到」の間には、通常、得や不を入れることはできません。
(3)動作や状態がどの程度に到るかを表す
この表現では、動作や性質、状態などがどの程度に達するかを表します。
通常、「到」のすぐ後ろに、数量や程度を表す語句が置かれます。
「到」の前の述語には、動詞の代わりに形容詞が多く使われます。
例を見てみます。
他来了不到五分钟就走了(tā lái liǎo bù dào wǔ fēnzhōng jiù zǒule)…彼は来てから5分と立たないうちに行ってしまった
1つ目の例では、40度という具体的な温度が、2つ目の例では5分という具体的な時間が表現され、いずれもどの程度であるかが分かります。
2つ目の例は前述(2)の”動作の継続”にも見えますが、”来”は継続するものではありません。ここでは来てから行ってしまうまでの程度を表しています。
(4)状態が到達している程度を説明する
この用法は、状態が到達している程度を説明します。
「到」の前には形容詞が来て、「到」の後には動詞や節が置かれて到達した程度を表します。
例をあげましょう。
声音高到不能再高了(shēngyīn gāo dào bùnéng zài gāole)…声はそれ以上大きくできないほど大きかった
この用法では、結果や状況を表す補語を導く助詞である”得“(構造助詞)に近い働きを持ち、得に置き換えられる場合もあります。
少し特殊な用法ですが、頭に入れておくとよいでしょう。
このように、方向補語「到」にも、空間的に目標に向かって到達するという本来の意味とは少し違った使い方があります。
しっかりと覚えておきたいものです。