イルカショーを見たことがある人なら、イルカが水面を飛び出して、上方に向かって高く飛び跳ねるシーンに触れて、驚嘆したことがあるのではないでしょうか。
その高さは、私が目測で判断したところ、7mも8mもある感じで、他の生物では考えらえないくらいの高さに跳ね上がる姿には圧倒されます。
地上にもカンガルーなど跳躍力のある動物はたくさんいますが、垂直方向にここまで高く跳ね上がれる生物は、恐らくイルカ以外にはいないでしょう。
では、なぜイルカはここまで高く跳ね上がることができるのでしょうか。その理由は、主に2つあります。
必要なエネルギーは速度と関係する
まず、その理由を考える前に、高く跳び上がるのに必要なエネルギーを考えてみます。
ここでは、イルカを物体としてとらえ、物体の大きさは無いものとみなし、空気抵抗や水抵抗など細かい要因は無視できるものとします。
重力と反対方向に位置する、物体の位置エネルギーは、
U=m×g×h・・・・・(1)
で表せます。ここでmghはそれぞれ、
m:質量[g]
g:重力加速度[m/(s^2)] (定数と考えてよく、値は約9.8)
h:高さ[m]
を意味します。
水面を基準にして、質量m[g]の物体が、高さh[m]にある場合の位置エネルギーはU[J]ということです。
一方、運動エネルギーは、
K=0.5×m×v^2・・・・・(2)
で表せます。ここでmvはそれぞれ、
m:質量[g]
v:速度[m/s]
を意味します。 (v^2はvの二乗を意味する)
質量m[g]の物体が、速度v[m/s]で進む時の運動エネルギーはK[J]ということです。
イルカが跳ね上がる場合、空中では加速することがないので、水面から高さh[m]まで上がるために必要な運動エネルギーは、位置エネルギーに等しくなります。
すなわちU=Kですから(1) = (2)と考えれば良いので、(1)(2)式から
m×g×h=0.5×m×v^2
となります。この式から
v=SQRT(2×g×h)・・・・・(3)
となり(SQRTは平方根)、水面からh[m]高い位置に上がるためには、水面を離れる瞬間の速度がv[m/s]必要であることになります。(質量や加速度には依存しない)
仮に、水面から8[m]上がろうとすれば、(3)式から
v=SQRT(2×9.8×8)
=SQRT(156.8)
=12.52
となり、秒速12.52メートルの速度ということになります。これを時速に直すと、
12.52×60×60=45079[m/h]=45.079[km/h]
になるので、水面から出る瞬間は時速約45kmで泳いでいることになります。
ようするに、8[m]跳び上がろうとすると、水面を離れる瞬間に、時速45km出していなければならないことになります。
参考までに、水面からの高さと、水面を出る瞬間の速度の関係を表に示すと、下表のようになります。
高さ [m] |
速度 [km/h] |
1 | 15.9 |
2 | 22.5 |
3 | 27.6 |
4 | 31.9 |
5 | 35.6 |
6 | 39.0 |
7 | 42.2 |
8 | 45.1 |
9 | 47.8 |
10 | 50.4 |
11 | 52.9 |
12 | 55.2 |
13 | 57.5 |
14 | 59.6 |
15 | 61.7 |
イルカは種類によっては時速50kmで泳ぐと言われていますから、上記のことも頷けます。
ただ、イルカショーなどでは限られた水槽内で、その速度まで加速する必要があるのでしょうから、凄いことですね。
とは言え、説によれば50kmよりも高速で泳ぐイルカもいるとのことですから、個体によってはそれぐらいの能力を有するイルカもいるハズ。
まして、イルカショーのために日々訓練しているのであればなおさらでしょう。
イルカの運動能力による
さて、前置きの説明が長くなってしまいましたが、イルカが高く跳ね上がれる理由の1つは、何と言っても、イルカの運動能力でありましょう。
上記のように、水中を時速45kmで泳ぐというのは、水の抵抗を考えれば凄いことです。
しかも、水槽という限られたスペース、限られた距離の中で加速して、45[km/h]という速度に達しなければならないことを考えると、その運動能力の高さには驚くばかりです。
イルカショーなどのイルカは大きさはせいぜい2メートル程度ですから、決して体長が大きいと言えるほどの生物でもありません。
そのイルカがわずかな距離で加速して45[km/h]の速度に達すると考えると本当に凄いことです。
さらに特筆すべきは、垂直方向にきちんと向かえる能力があること、水中に戻る瞬間までに空中で体の向きを適切に変える能力があることです。
垂直方向、すなわち真上に向かえるということは、水中で最も浮力が働く方向を正確に把握できるということですから、そういった能力をそなえていることになります。
また、水中に戻る瞬間、すなわち水面に入り込む瞬間は、45[km/h]のスピード(上がる時と同じ速度)で入り込むので、体勢を整えないと、体を強く打ちつけ、ダメージを受けてしまいます。
水泳の飛込みなどで、きれいに頭から水面に入り込まないで、身体全体を水面に打ち付けるような姿勢になった場合、とても痛い思いをした経験を思い出せば分かりやすいでしょう。
イルカは、体をうまくひねって回転させ、身体を水面に打つダメージを回避することができるわけですが、これは、高い運動能力があることの表れでしょう。
単に、速く泳ぐだけならイルカよりも優れている生物はいます。カジキマグロは時速100kmで泳ぐと言いますから速度だけならイルカよりも圧倒的に速いと言えます。
しかし、速度だけではなく、体勢をここまでうまくコントロールできるのは、恐らくイルカだけではないでしょうか。
水中の方が条件がよい
さて、高く跳ね上がれるもう1つの理由ですが、それは水中だと、加速するための条件が整っていることがあげられます。
重力に逆らって垂直に跳ぼうとすると、到達する高さは跳び上がった瞬間の速度で決まります。
よって、地上から飛び跳ねようとすると、地面を離れる瞬間に一定の速度に達しなければなりませんが、水中の場合は、水中を泳いでいる期間だけ加速することができます。
分かりやすく言えば、地上から飛び跳ねる場合は、助走に相当するものがありませんが、水中から飛び跳ねる場合は、助走に相当するものがあるということです。
そして、水中に戻って来る時に、水中に入る速度が45[km/h]にもなるので、体がそれだけの衝撃を受けるわけですが、それがもし地上の場合だと、その速度を地面に着地する瞬間だけで受けとめる必要があります。
実際には、それだけの衝撃を瞬間的に受け止めることなど到底できませんし、地上8mから飛び降りて、体を無傷で支えられる動物はまずいません。
しかし、水中の場合は、水がその衝撃を吸収してくれるので可能になるわけです。
人間でも水中に飛び込むのであれば、8mの高さからでも怪我をすることなく飛び込むこともできることを考えれば、水中の方が地上よりも有利であることがよく分かります。
まとめ
以上、イルカはなぜ、水面から高く跳ね上がれるのか、その理由について述べてきました。
水面から高く飛べる理由は、イルカの身体能力が優れていることと水中からだと跳び上がる条件が良いことの2つによります。
ともすると、もっぱらイルカの身体能力によるものだけと考えがちですが、実は、水中から跳ね上がるということが、その大きな理由となっていることが分かります。
イルカショーを見る機会があれば、そんなことを考えながら見てみると面白いかも知れませんね。