ピアノの発表会で、ある児童の演奏を見て感じた幼少からの音楽教育の意義。

先日、子供のピアノの発表会に参加しましたが、そこに参加していた、小学校一年生の、ある児童の演奏を聴いていて、圧倒される思いになりました。

小学校の一年生といえば、この春に小学校に入学したばかりで、学童としてはまだ2ヵ月にも満たないくらいの幼さですが、その児童の演奏は、小学校の高学年でも、なかなかここまでは弾くことはできないだろうという、極めて高いレベルでした。

演奏の上手い児童を見て驚きを覚えた

高レベルの演奏

その演奏の内容は素晴らしく、音を外してしまったり、演奏をつかえてしまったりすることが無いのはもちろんのこと、ピアノを弾く強弱についてもメリハリがきちんとしており、音の歯切れやリズムについても、本当にしっかりしたものでした。

そして、驚いたことは、グランドピアノのペダルをうまく操っていて、音を響かせる操作が弾くタイミングとぴったり合って、見事な音色を出していたのです。

演奏した曲は、決して有名な曲ではなかったのですが、曲の長さも比較的長い曲で、右手と左手の両方を存分に使って奏でる技量は、低中学年の普通の小学生では、遠くその児童に及ばないほど、レベルの違いが明らかでした。

練習の姿勢

伝え聞いたところによると、その児童は2~3歳からピアノを始めたそうで、今回の発表会も3回目になるとのことでした。

毎週のピアノのレッスンは、もちろん普通に通っているのですが、家での練習は毎日欠かすことはなく、日々一定の時間を必ず練習に費やしているとのことでした。

幼少の子に、そこまでの練習をさせることは、親としてもそれだけサポートしなければ到底できないことでもあり、我が子に対する音楽教育の熱心さも強く感じました。

吸収力が凄い

その児童が演奏する姿を見て感じたことは、幼少期の練習では、言われたことをただそのまま、ひたすら繰り返すだけということも多くなると思うのですが、その「ただひたすら繰り返す」ことが実はバカにならず、知らず知らずのうちに、大きく上達するするものだということです。

また、同時に感じたことは、幼少期の子供の吸収力の凄さです。我が子を見ていても、運動会や授業参観のたびに、いろんな面で上達していて、著しく成長した姿に驚かされることがしばしばありますが、この児童も例外ではないと感じました。

そして、ピアノで大事なことは、反復練習によって単に弾くのがうまくなるだけではなく、その繰り返しの中に、自然と音感やリズム感を耳や体で身に付けて行き、感覚という、ある意味最も大事なものを習得して行くものだと、その児童の姿を通して強く感じました。

このような音楽的な感覚は、年齢を重ねれば重ねるほど、身に付きにくくなるものだということを思った時、音楽教育を始めるのは、早いに越したことはないと痛感したものです。

子の可能性は親が決めるものではない

以前、我が子にピアノを習わせようと考えた時、「手の大きさもまだ小さい2~3歳頃は、鍵盤をたたくのも難しいし、ピアノを習わせるには早すぎる」などと思っていましたが、今回のことで、そうは思わなくなりました。

習い事は、始める時期は確かに重要なことですが、音楽に関していえば、早すぎることはないのだ、むしろ、「上を目指すならば、早い方が良いのだ」というのが今の実感です。

2~3歳なんて早すぎる、とうていできないだろう」といった感覚は、あくまで親の感覚であり、「子は親が想像もできないくらいスゴイ可能性を持っているかも知れない」と考えるべきです。

子供がどう伸びるかは親が決めることではなく、子が試すことで決まって行くもの」と考えるべきでしょう。

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