仕事をしていないのにスーツ姿をして、仕事に行く振りをする、そんなドラマにだけしか出てきそうもない人って本当にいるんですね。
実は埼玉に住んでいた時、隣接する家に住んでいた40代の男性がまさにそうだったんです。
その人は母親と妻と子供3人の6人暮らしで、以前は大企業の関連会社に勤めていた営業マンでした。仕事の帰宅時に電車が同じだったりして挨拶することもしばしばありました。
そんなある夏の日、休暇がやたらと長い様子だったので聞いてみると、永年勤続休暇と、月日を自由に選べる夏季休暇を同時に利用して長期休暇を取得しているとのことでした。
しかし、実際にはどうもこの頃に会社を辞めたようでした。
それから数か月後、その人がいつも家にいることに私の妻が気づいたのです。
よくよく様子を窺っていると、毎日スーツを着て決まった時間に出かけているのは確かなのですが、昼前にはいつも家に戻っているのです。
家が隣接しているため微かな話声でも聞こえてきますし、たばこの匂いが届いてくるため分かるのです。
その後、気づいたのですが、毎朝出勤する時は、幼稚園の登園バスの迎えのために近所の主婦たちが集まっている時間に合わせて出かけ、近所の人たちに「お早うございます」と元気に挨拶して出かけているのです。
そして、一時間も経たないうちにいつの間にか静かに家に戻っているのです。しかも、毎日このようなことを繰り返しているのです。どう考えても仕事をしていない。だからといって在宅で仕事をしている様子も全くないのです。
面白いことに、平日は物音を消しているその人が、土日になると大きな声を出したり、大きな物音を立てたりするのです。
同じ家にいるのにこんなに違うんだって感じですね。
仕事をしていることを演出するために毎日こんなことを繰り返す、本当にこんな人っているんですね。本当に滑稽で仕方ありませんでした。
仕事をしていないことに、後ろめたいところがあるのでしょうから、そんな手の込んだ「出勤の振り」をするのでしょう。
そして、その人の奥さんが近くのコンビニでパートをしていて、その人の母親も仕事に出るようになったことが分かって来たのです。
しかし、その人自身が家事や育児をしている様子は全く無く、手伝っている姿すら見たことはありません、いやむしろ、家では威張っているような感じでした。その人のお子さんは当時、小学生二人と幼稚園児一人で、まだまだ手の掛かる時期なので、奥さんは大変だろうなと思っていました。
そんな状況が1年2年と続き、その人の奥さんはすっかりやつれて別人みたいになってしまい、若々しくて元気な姿も全く無くなってしまったのです。
気づけば、奥さんや子供達はいつも同じような服を着ていて、また、以前は毎月のように庭でやっていたバーベキューもほとんどやらなくなってしまったのです。
経済的に苦しいのだろうなぁと感じ、何でもいいから選り好みせずプライドも捨てて家族のために何かしら仕事をすればよいのになぁと思っていましたが、近所の私が干渉することでもないので当たり障りなく付き合っていました。
ここに思うことは、今の時代、40代で転職するのは容易なことではないのだということと、強い意志がなく向上心が無いと、人間は現状に甘んじてどんどん堕落してしまう弱いものなのだなぁということです。
そうこうするうちに、私達は長野に引っ越してしまったので、その後どうしているのかはさっぱり分かりません。
その人のことを思い出すたびに、常に向上心を持って惰性に流されない日々を過ごしていこうと思いを新にするものです。