先日、同じ職場で気象予報士の資格を持つ人が
「太平洋上でハリケーンが発生した。日本の方に近づいている。」
と話していて、続いて
「このまま進めば、台風に変わる。」
などと言っていました。
その話を聞いていた私は
「ハリケーンが台風になる!?」
とは、いったい何を言っているのだろうと疑問が湧いてきました。
そもそも、ハリケーンはハリケーンで、台風は台風ではないかと思っていた私には、意味が全く分からなかったのです。
これを機に、台風とハリケーン、そしてサイクロンとは何がどう違うのかを明確にすることにしました。
目次
違いの概要
まず、3つの違いを端的にまとめます。それぞれの意味は以下の通りです。
ハリケーン(hurricane)
ハリケーンは、一般的には、大西洋西部のカリブ海やメキシコ湾で発生する強い熱帯低気圧を指します。
厳密な定義としては、北大西洋やカリブ海、メキシコ湾、更に西経180度以東の北東太平洋にある、最大風速が秒速32.7メートル(64ノット)以上の熱帯低気圧のことです。
分かりやすく言えば、米国周辺の強い熱帯低気圧ということです。
ハリケーン(hurricane)の語源は、スペイン語のhuracan(暴風の意味)から来ています。
文字通り、暴風を伴うことが名前の由来です。
サイクロン(cyclone)
サイクロンは、一般的には、インド洋付近で発生する強い熱帯低気圧を指していうことが多いです。
厳密な定義としては、ベンガル湾やアラビア海などの北インド洋に存在する、最大風速が秒速17.2メートル(34ノット)以上の熱帯低気圧を指します。
また、広くは、南インド洋や南太平洋などの南半球で発生したものもサイクロンと呼びます。
但し、サイクロンは熱帯低気圧と温帯低気圧を含めた、低気圧全般を指す用語としても用いられることがありますので注意が必要です。
サイクロン(cyclone)の語源は、ギリシア語のkykloma(蛇のとぐろ、輪の意味)から来ていて、関連語句として、ギリシア語のkyklos(円、輪の意味)から来ているcycle((周期、循環)があります。
台風が輪の形であるところからこのように名づけられたようです。
台風(typhoon)
台風(タイフーン)は、一般的には、北太平洋西部の熱帯海上で発生する熱帯低気圧を指していうことが多いです。
厳密な定義としては、東経180度以酉の北西太平洋および南シナ海に存在し、最大風速が秒速17.2メートル(34ノット)以上の熱帯低気圧を指します。
日本では、最大風速が秒速17.2メートル(34ノット)以上の熱帯低気圧が台風として報道されますが、国際的には最大風速が秒速32.7メートル(64ノット)以上の熱帯低気圧のことが台風(この場合、通常はタイフーン又はtyphoon)の意味となります。
台風(typhoon)の語源は、中国語の台风(tai feng)から来ているそうです。
日本語の台風も元は中国語が語源のようですね。
違いを簡単にまとめると
以上、台風とハリケーンとサイクロンの違いを示しましたが、いずれもその実態は熱帯低気圧です。
発達した熱帯低気圧にそのような呼称を用いるのですね。
そして、それらの熱帯低気圧について、存在する場所と基準となる最大風速との比較によって分けているのがこれら3つの呼び名です。
台風とハリケーンとサイクロンの違いのポイントは、「発生場所」と「最大風速」です。
簡単にまとめると下記の通りです。
<発生場所>
ハリケーン…カリブ海やメキシコ湾周辺
サイクロン…南北インド洋、南太平洋
台風…北西太平洋
<最大風速>
ハリケーン…秒速32.7メートル以上
サイクロン…秒速17.2メートル以上
台風…秒速17.2メートル以上(Typhoonは秒速32.7メートル以上)
ちなみに、トルネードや竜巻などと混同されることがありますが、これらは熱帯低気圧の類ではなく、全く異なるものです。
さて、冒頭で「ハリケーンが台風になる」という意味は、西経170度当たりの北東太平洋に発生した強い熱帯低気圧は、定義から言えばハリケーンです。
しかし、それが西方(日本方面)に向かっていて、東経180度(=西経180度)を超えて西側に入ると、定義上は台風(タイフーン)になるという意味です。
面白いものですね。
項目ごとに違いを細かく見ると
さて、3つの違いを大まかに言えば、上記の通りですが、更に細かな違いを見てみましょう。
以下、項目に分けて、詳細を説明します。
発生場所の違い
ハリケーン、サイクロン、台風の違いを発生場所で分けて示すと下表の通りです。
種類 | 発生場所 |
(1)ハリケーン | 北大西洋 |
北東太平洋(西経180度以東) | |
(2)サイクロン | 北インド洋 |
南インド洋 | |
南太平洋 | |
(3)台風 | 北西太平洋(東経180度以西) |
これに対応した地図も示します。
地図は、実際に発生する地域を表と同じ色で分けています。
上の地図において、発生地域が示されていない場所は、実質的に熱帯低気圧が発生しないエリアです。
地図中で、赤線は赤道、紫線は西経180度(=東経180度)を意味します。
表や地図から分かるように、ハリケーンはアメリカ合衆国やメキシコ付近の北大西洋や北東太平洋(西経180度以東)で発生している熱帯低気圧です。(水色エリア)
また、サイクロンはインド南部の北インド洋、及びオーストラリアとアフリカ大陸の間に位置する南インド洋、更にオーストラリア東部エリアの南太平洋で発生している熱帯低気圧です。(クリーム色エリア)
同様に、台風は日本やフィリピン、台湾などを含む北西太平洋(東経180度以西)で発生している熱帯低気圧です。(薄ピンク色)
ハリケーン、サイクロン、台風は、どこで発生したのかによって分類されていることがとてもよく分かります。
ハリケーンと台風とは、西経180度(=東経180度)を境に区別していることも分かります。
最大風速の違い
ハリケーン、サイクロン、台風を、最大風速で分けて示すと下表の通りです。
種類 | 最大風速 |
(1)ハリケーン | 秒速32.7メートル(64ノット)以上 |
(2)サイクロン | 秒速17.2メートル(34ノット)以上 |
(3)台風 | 秒速17.2メートル(34ノット)以上 |
つまり、上記の地図上の各地域で発生する熱帯低気圧のうち、上表に示した最大風速に達したものがハリケーンやサイクロン、台風に該当することになります。
台風の規模や大きさ、強さなどはさまざまですが、あくまで最大風速によって区別します。
さてここで、「日本で台風と判断されても、アメリカではタイフーンではないの?」と言った疑問が起きると思います。
実は、これにを説明する更に細かな分類があります。
17.2m/s(34ノット)以上 | 32.7m/s(64ノット)以上 |
トロピカルストーム | ハリケーン |
トロピカルストーム | タイフーン |
台風 | |
サイクロン |
上の表のように、秒速32.7メートル未満のハリケーンは、トロピカルストームと呼称します。
また、台風の英訳はタイフーン(typhoon)ですが、この場合はあくまで最大風速が秒速32.7メートルの熱帯低気圧のみを指します。
最大風速が秒速32.7メートル未満の熱帯低気圧については、日本で台風と呼称しても米国などではタイフーンではなくトロピカルストームと呼称します。
トロピカルストームは、日本ではあまりなじみがない名称ですが、世界的には発達した熱帯低気圧を指す言葉としてよく使われます。
このように、ハリケーン、サイクロン、台風は、最大風速で分類されますが、細かく分類した場合には少し差があります。
日本での分類と、世界的な見方には微妙な違いがあることには注意しましょう。
回転方向の違い
ハリケーン、サイクロン、台風は、いずれも熱帯低気圧ですから、それより気圧の高い周辺地域から中心方向に風が吹き込みます。
その時、風の吹く方向によって、右回り(時計回り)か左回り(反時計回り)かのどちらかになります。
具体的な回転方向の違いは、下記の通りです。
種類 | 回転方向 | 地域 |
(1)ハリケーン | 左回り(反時計回り) | 全域 |
(2)サイクロン | 左回り(反時計回り) | 北インド洋 |
右回り(時計回り) | 上記以外 | |
(3)台風 | 左回り(反時計回り) | 全域 |
表のように、ハリケーンと台風は左回り(反時計回り)で、サイクロンについては北インド洋は左回り(反時計回り)、南インド洋や南太平洋は右回り(時計回り)となります。
これは、熱帯低気圧の発生場所が北半球の場合は左回り(反時計回り)となり、南半球の場合は右回り(時計回り)となるからです。
換言すれば、ハリケーンと台風は北半球のみで発生し、サイクロンは北半球と南半球のどちらでも発生するからに他なりません。
回転方向は、風向によって生じますが、これはコリオリの力が働くことによるため、北半球と南半球とでは正反対になるのです。
進路方向の違い
ハリケーン、サイクロン、台風は、風の影響を受け、一般的に特定の進路に向かって移動します。
具体的には下記の通りです。
種類 | 進行方向 | 地域 |
(1)ハリケーン | 北西→北東 | 全域 |
(2)サイクロン | 北西→北東 | 北インド洋 |
南西→南東 | 上記以外 | |
(3)台風 | 北西→北東 | 全域 |
これも回転方向と同様、発生場所が北半球か南半球かの違いがそのまま反映されますので、ハリケーン、サイクロン、台風の違いと言うよりも、発生場所が北半球か南半球かであるかによります。
具体的には、対象が北半球の場合は「北西→北東」の方向に、南半球の場合は「南西→南東」の方向に進みます。
熱帯低気圧は、赤道直下から少し外れた熱帯地域の海上で発生して、極へ向かって進みます。
発生場所が北半球なら北極方向へ、南半球なら南極方向へ向かいますが、その際、西方向に向かって吹く貿易風の影響を受けるため、初めは北半球なら北西方向に、南半球なら南西方向に進みます。
その後、中緯度高圧帯(日本では沖縄付近)に至ると、今度は東に向かって吹く偏西風の影響を受けて、北半球なら北東方向に、南半球なら南東方向に進路を変えます。
それから、そのまま極方向に進み、最後は勢力が弱まり消滅して行きます。
もちろん、これはごく一般的な進路のことで、実際には様々な気象の影響を受けて個々に違った進路を取ります。
名前の呼び方の違い
最後に、対象の呼び方の違いについてです。
台風は、シーズンごとに1号、2号、3号…のように番号を付けて対象を区別します。
これに対して、ハリケーンやサイクロンの場合、単なる番号ではなく個別に名前が命名されます。
但し、これはあくまで日本から見た、ごく一般的な違いで、実際は熱帯低気圧の規模や地域、取り扱う機関によって異なります。
実際に日本で話題となる発達した熱帯低気圧は、台風以外では日本に影響しうるハリケーンやサイクロン、或いは世界的にも大型の熱帯低気圧くらいですが、今までの経験上、それらは個別に命名された名称で呼称されています。
3つ違いのまとめと注意点
以上のように、台風・ハリケーン・サイクロンの主な違いは、発生場所と最大風速によります。
発生場所については、下表の通りです。
種類 | 発生場所 |
(1)ハリケーン | 北大西洋 |
北東太平洋(西経180度以東) | |
(2)サイクロン | 北インド洋 |
南インド洋 | |
南太平洋 | |
(3)台風 | 北西太平洋(東経180度以西) |
これを地図で示すと、下記と通りです。
また、最大風速については、下記の通りです。
17.2m/s(34ノット)以上 | 32.7m/s(64ノット)以上 |
トロピカルストーム | ハリケーン |
トロピカルストーム | タイフーン |
台風 | |
サイクロン |
この区別の仕方は、気象庁の公式サイトにも、「台風とハリケ-ンとサイクロンの違いは何ですか?」に対する回答として明確に述べています。
また、同サイトには、発生場所と最大風速に関する表も示されています。
ここには、サイクロンの発生場所は北インド洋としか記載されていませんが、気象庁の別な記事ではオーストラリアで観測された熱帯低気圧を指してサイクロンと呼称していますので、南インド洋や南太平洋も含むことが分かります。
日本の公的機関である気象庁が公式のサイトで、台風・ハリケーン・サイクロンの違いを上記の通り説明していますので、このような違いが正しい解釈です。
但し、ネット上にある情報の中には、これと違う説明をしているサイトが目に付きます。
これは、そもそも定義があいまいな対象を含めてしまうことや、諸外国における解釈とを混同してしまうことによる誤りです。
例えば、南大西洋はそもそも海水温の上昇が殆どないため熱帯低気圧そのものが発生しないとされている地域ですから、そこで熱帯低気圧が発達してもハリケーンと呼ぶのかサイクロンと呼ぶのかが明確ではありません。
この発生しないとされて来た南大西洋(ブラジル沖)において、2004年カタリーナが発生した時、英語名ではHurricane Catarinaと呼ばれました。
また、日本のJAXA(宇宙航空研究開発機構)でも「南大西洋で初めて観測されたハリケーン」と題した記事を書いています。
ところが、このカタリーナは、豪州や南太平洋地域の機関などではサイクロンに分類されることや、熱帯低気圧の一般名称であるtropical cycloneという言葉があることから、サイクロンと呼称する場合もありました。
これは、滅多に発生せず、国や機関によって名称や分類が異なることに起因します。
しかし、少なくとも日本においては南大西洋で発生・発達する熱帯低気圧についての呼称は明確になっていません。
以上のように、台風・ハリケーン・サイクロンの違いは上記で説明した地域と規模(最大風速)によりますが、それ以外の地域で発生するものについては曖昧となっているのが現実です。