天地無用と聞いて、
「天と地、つまり上下を逆さまにしても構わない」
という許可・可能の意味だと解釈している人が多いそうです。
本当は、
「天と地、つまり上下を逆さまにしてはいけない」
という禁止の意味を表しています。
しかし、解釈を取り違えて誤用してしまうと、全く正反対の意味になって、時には問題を起こしてしまいます。
特に、逆さにしてはいけない運送品などを逆さにしてしまうと、時には破損や故障などを招く可能性もあり、意味を知らなかったという、単純な問題では済まなくなるかも知れません。
言葉の本来の意味
ではまず、この言葉の本来の意味を見てましょう。デジタル大辞泉には下記のようにあります。
運送する荷物などに表示する語で、破損の恐れがあるため上と下を逆にしてはいけない、の意。
この記述の通り、天地無用は、上下を逆さまにしてはいけない禁止の意味が本来の正しい意味になります。
運送業者などでは、赤地に白文字で
「天地無用」
と書かれたシールが、荷物の貼付用によく使われていますから、誰しも一度は見たことはあることでしょう。
調査結果によれば約3割の人が誤用
ところで、数年前に行われたある調査によると、「天地無用」の意味を尋ねた結果、本来の正しい意味、即ち「上下を逆さまにしてはいけない禁止の意味」と回答した人は全体の55.5%でした。
そして、それとは全くの反対の間違った意味、即ち「上下を逆さまにしても構わないの意味」と回答した人は全体の29.2%もいたそうです。(合計が100%にならないのは、その他の回答をした人がいたため)
この傾向は、回答した人の年代でも少し異なっていて、十代などの若い人が間違える人が最も多かったそうです。
しかし、言葉を比較的よく理解していると言われる、60代などの高齢者でも4人に一人が間違えた反対の解釈をしていたとのこと。
この言葉の場合、意味を取り違えると、全く反対の意味になり、ともすれば運送品の破損や故障を招くことにつながりかねないので、ことは重要です。
漢字の意味から見ると
では、この「天地無用」の言葉を、どうして間違えてしまうのでしょう。
まず、この言葉の漢字の意味から考えてみましょう。
「天地無用」の「天地」を辞書で調べると(デジタル大辞泉)
①天と地。
②宇宙。世界。世の中。
③書物・荷物などの、上と下。
と掲載されています。「天地」は、上記の③が該当し、上と下のことを意味します。
次に「無用」を辞書で調べると (デジタル大辞泉)
①役に立たないこと。使い道がないこと。また、そのさま。無益
②いらないこと。また、そのさま。不要。
③用事のないこと。
④してはいけないということ。禁止。「立ち入り無用」「開放無用」「貼紙無用」
と記載されています。
つまり、「天地無用」の「無用」は、「④してはいけないということ。禁止」を意味しています。
実際に、デジタル大辞泉の上記の用例にあるように、「立ち入り無用」とか「開放無用」、「貼紙無用」という禁止の使い方をするのは分かると思います。
なぜ間違えるか
しかし、「無用」と言えば、問答無用、遠慮は無用、心配ご無用など、上記の「②いらないこと」(不要)の意味として使うことの方が多いと言えます。
これに対し、近年では「無用」を禁止の意味で使うケースが少なく、相対的に不要の意味として使うケースの方が多くなります。
その結果、禁止の意味を知らない人が多くなり、それが間違えの要因のひとつになっているのでしょう。
つまり、無用が持つ「②いらないこと。また、そのさま。不要。」の意味によって、「天地無用」が「上下を気にすることは不要」と解釈されてしまい、これが誤解のもとになる訳です。
更に、天地無用には、「天地」と「無用」の間に何も言葉が無い、つまり天地(上下)を「逆さま」にするのが禁止である、「逆さま」に相当する言葉が存在していないことが、余計に間違えやすくしています。
仮に、「天地逆さま無用」という表現をすれば無用を「②いらないこと。また、そのさま。不要。」と解釈しても、「上下を逆さまにするのは不要」との意味になるので、少なくても反対の意味に解釈されることは少なくなるハズです。
以上のように、「天地無用」の意味が分かりにくく、本来の意味とは反対に解釈されやすい理由・要因は、
無用を禁止の意味で使うケースが少ないこと
無用には不要という比較的よく使われる別な意味があること
逆さまを意味する言葉が含まれていないこと
があげられます。
「天地無用」に違和感を覚え、言葉がおかしいと思ってしまうのも無理ありませんね。
言い換えや類語で表現できないか
さて、これだけ紛らわしい言葉ですから、別な言葉に言い換えたり、類語で表現できないかと考えると思います。
ちょっとここで、比較的よく耳にする似た言葉を挙げてみましょう。
・縦置き厳守
・横積み厳禁[禁止]
・逆置き厳禁[禁止]
いずれの言葉も耳にしたことはあると思いますが、馴染んだ表現とは言えません。
また、上記の「横積み厳禁」は逆さにしても良い意味が含まれますし、「逆置き厳禁」は横置きなら許容されてしまいますので、天地無用の意味とは少しずれがあります。
上記以外にも、
「横置き厳禁」
「横置き禁止」
「逆さま厳禁」
「逆さま禁止」
「逆積み厳禁」
「逆積み禁止」
「指定積載方向」
「積載方向厳守」
のような表現があるかも知れませんが、これらも決して耳慣れた言葉ではありません。
「天地無用」は間違えやすい言葉なのにどうして別な表現が用いられないのか不思議な感じもします。
しかし、これには理由があります。
その理由は、「天地無用」は運送の荷物などに表示する定型的な表現、いわば専門的な言葉だからです。
換言すれば、専門性がある言葉の場合、一旦使われて定着するとなかなか変えられないものなのです。
だから、分かりにくい言葉でありながらも、そのまま使われ続けるのです。
ちなみに、「たとえ別な表現はなくても、反対語や対義語はあるのではないか?」などと考えるかも知れません。
しかし、逆の意味を持つ一般的な言葉はありません。
それは、「天地無用」は、飲食禁止、撮影禁止、火気厳禁、駐車厳禁、不許入室などと同じく禁止を意味しますが、反対の意味である”禁止しない”場合は、単に表示しないだけとなるからです。
中国語では何て言うのか
ところで、「天地無用」は四字熟語のひとつですから、中国語から来たと思うかも知れません。
実際、四字熟語である
森羅万象(しんらばんしょう)
四面楚歌(しめんそか)
天真爛漫(てんしんらんまん)
は、それぞれ
森罗万象(sēnluówànxiàng)
四面楚歌(sìmiànchǔgē)
天真烂漫(tiānzhēnlànmàn)
という中国語から来ています。
従って、「天地無用」もこれらと同様に中国語から来ていると考えるは自然なことです。
しかし、実際は中国語には「天地無用」に相当する言葉はありません。
中国では、「天地無用」に相当する言葉として、切勿倒置(qièwùdàozhì)が使われます。
切勿は、「~してはいけない」という禁止を表し、倒置は、「逆さまに置く」という意味です。
つまり、「逆さまに置いてはいけません」という禁止の表現になります。
この表現は、一種の定型表現で、運送物などによく使われます。
また、これ以外にも下記のような同じ意味の表現がいくつもあります。
请勿倒放(qǐngwùdàofàng)
不可倒置(bùkědàozhì)
不许倒放(bùxǔdàofàng)
不可倒放(bùkědàofàng)
不许倒置(bùxǔdàozhì)
上記で、不可も不许も共に「~してはいけない」という禁止を表し、请勿は勿に请を付けて少し丁寧に表現した言葉で「~しないで下さい」という意味になります。
倒放は、倒置と同じく「逆さまに置く」という意味です。
このように、中国にも「天地無用」と同じ意味を持つ言葉がたくさんありますが、いずれも「天地無用」とは全然違う表現をします。
「天地無用」が、日本独特の表現であることがよく分かります。
ちなみに、中国人が天地無用(天地无用)と書かれた漢字を見たら、「???」という意味不明な状態になります。
実際に問題を起こすか
では、実際に解釈を間違えやすいことで、どれ程の影響があるでしょうか。
天地無用という言葉は、一般に荷物などを取り扱う運送業界で使われます。
そういう意味では、その業界で仕事をしている人、実際に荷物を取り扱う人がその意味をしっかり理解していれば良いことになります。
荷物を取り扱うような人は当然、天地無用の場合の扱いの教育はきちんと受けているでしょうから、問題が発生することはほとんどなくなります。
しかし、そうした教育が行き届かないケースや、運送業界ではない一般の人が何かの機会に運送品を扱うことがあれば、誤って天地無用の荷物を逆さまにしてしまうケースが発生するかも知れません。
そういう恐れがあるせいか、矢印を使った視覚的に誰でも認識できるようなマークも用いられるようになっています。
確かに矢印のマークがあれば、たいていの人は、矢印方向を上にしなければいけないとの認識は持てますから、逆さにしないような意識は働くでしょう。
また、ヤマト運輸や佐川急便などの大手運送業者では、公式サイトに「天地無用」の意味をきちんと説明しています。
そういうことを考えれば、現実に問題になるケースは稀とも言えます。
しかし、正しい意味は正しい意味としてしっかり認識しておくことは大事ですね。
ちなみに、上方向の矢印がマークとして使われているのは、英語では「This side Up」と表現されるからと言われています。