日本語の「等」にはない、中国語の「等」が持っている意味。

日本人であれば、漢字が連なる中国語の文章に目を通すと、おおよその意味が推測できます。

しかし、漢字の中には同じ漢字でも、日本語には無い意味で使われる漢字があります。

漢字「等」もその一つで、この字を「等しい」や「など」と言った意味と考えても、全く理解できない場合があります。

中国語の「等」には日本語に無い意味がある

日本語の「等」は

日本語で漢字の「等」を使う場合、「等しい」という表現のように、同じである、相違がないの意味で使われるのが一般的です。

等を用いた熟語には、等級、同等、均等、等価、等分など色々ありますが、これらはいずれも、「同じ」である意味を持っています

また、「等」には、よく似て同一の性質等があるという意味もあり、例えば「利益が無いに等しい」などという使い方もします。

更に、○○等の「等」を「など」や「とう」と読んで、他に同じような物が存在することを表す意味としても使われます。

このように、日本語で使う「等」は全て、漢字が持つ「同じ」という意味から来ていることが分かります。

中国語で「等」は待つという意味

では、中国語の「等」(děng)はどうでしょう。

中国語の「等」にも、日本語と同様に「等しい」の意味や「…など」の意味があるのは事実です。

しかし、「等」を使う最も一般的な使い方は「待つ」の意味で使うケースです。

換言すれば、中国語で漢字の「等」を使う場合、「待つ」の意味で使われることが最も多いのです。

例えば、「请等一下」(qǐngděngyīxià)と言えば、「少々お待ち下さい」の意味ですが、これはとても頻繁に用いる表現です。

また、「我等了五个小时」(wǒděnglewǔgexiǎoshí)と言えば、「私は5時間待ちました」の意味です。

これらの例はいずれも「待つこと」を表す、ごく一般的な表現となります。

また、「待つ」の意味から転じて、「~してから」という意味や、「直ぐに~したい」と言う意味にも使われます。

例えば、「等雨停了再去吧」(děngyǔtínglezàiqùba)と言えば、直訳すれば「雨が止むのを待ってから行こう」の意味ですから、自然な表現に訳せば「雨が止んでから行こう」となります。

このように、中国語の等は「待つ」の意味として使われることが多いため、文中に等が含まれていた場合、「待つ」の意味なのかも知れないと考えてみることが大切です。

熟語などでも「待つ」意味が多い

さて、等は「待つ」意味で使われることが多いですから、等を用いた熟語などでも「待つ」意味を持つことが多くあります。

いくつか例を挙げてみましょう。

等着(děngzhe):待っている

継続や進行を意味する「」を伴うことで「待っている」ことを表す表現になります。

従って、例えば你等着吧(nǐděngzheba)と言えば、単に「待って」というより「待っていて」という趣になります。

また、等着の後ろに別な動詞がある場合、一般の「」の用例にあるように、「待ちつつ」や「待ちながら」の意味になります。

等到(děngdào):~まで待つ、~してから、~になって

達するという意味を持つ「」を用いることで、等到(děngdào)は「~まで待つ」という意味になりますが、「~してから」や「~になって」という接続詞としての働きを持ちます。

例えば、等到后天(děngdàohòutiān)は、直訳すれば「明後日まで待って」という意味ですが、「明後日になってから」という接続詞としての慣用的な表現になります。

等待(děngdài):待つ、待ち合わせる、待機する

「待つ」意味を持つ漢字「」を伴って、等待と表現すると、「待つ」意味をもつ熟語になります。

待つ意味を表す言葉として、広く用いられます。

等候(děnghòu)待つ、待ちうける

漢字の「」にも待つ意味があり、これと共に等候と表現すると、やはり「待つ」意味を熟語になります。

等待と比べると、待つ対象が具体的である場合が多いです。

以上、を用いた簡単な紹介しました。

は動詞ですから、

他の動詞と同じように「一下」を後ろにつけて等一下
動詞を繰り返して等等
繰り返す動詞の間に「」を入れて等一等

といった表現ができ、「ちょっと待つ」ことを表わせます。

しかし、等等(děngdeng)には日本語の「等々」と同じく「など」の意味もありますので、これと明確に区別するために、等一下等一等を好んで用いたり、R化させて等等儿(děngdengr)と表現したりできます。

中国語で「待」はどんな意味

さて、ここで気になるのは、日本語で待つを表す時に使う漢字「待」は、中国語では待つの意味で使われないのかという疑問です。

上記でも触れましたが、「」を待つの意味として使うことはあります。

しかし、一般に待つ意味を表す場合は、等を用いることの方が多いのです。

待はどちらかと言うと、接待や待遇などの熟語が表すような「扱う」とか「もてなす」の意味で用いる方が普通です。

従って、「待」を用いる場合は、上記に示したように等と共に等待(děngdài)のように表現するほうが自然といえます。

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