覚えておきたい日本語の「会」には無い中国語の「会」の意味。

漢字は漢の時代に中国から日本に伝わって来た文字であるため、日本語と中国語とでは漢字の持つ意味が同様の場合が多くあります。

従って、日本語と中国語との間では、お互いに漢字を見ただけで、おおよその意味を推測することができます。

中国語の「会」には日本語に無い意味がある

しかし、中国語の「会」という漢字には、日本語の「会」には全く存在しない意味があります。

会という日本語

日本語の会という漢字には、あつまるとか、あつめると言った意味があり、こうした意味として、宴会、会合、集会、会計などの熟語を使います。

また、「会う」という言い方をすれば、人と顔を向い合せる、対面する、人と出会うと言う意味を持ち、同様の意味で面会、会見などの熟語を使います。

更に、巡りあわせの意味としても使われ、機会などの熟語として使います。

このように、日本語で「会」を用いる場合、あつめるとか人と会う、めぐり合わせると言った意味で使います。

中国語の「会」

中国語で「会」(huì)を使う場合、集まるや集める、あつまるという意味や、或いは面会するとか集会や会合、機会、組織、団体といった日本語と同じ様な意味でも用いられます。

例えば、

开会(kāihuì)と言えば会議を開く意味ですし、
报告会(bàogàohuì)と言えば報告会のこと、
宴会(yánhuì)と表現すれば宴会のこと、
机会(jīhuì)と書けば機会のこと、
都会(dūhuì)は都会のこと

をそれぞれ意味します。

しかし、日本語に無い使い方で、頻繁に使う用法として、「~することができる」「~する能力がある」といった意味を表す助動詞としての言い回しがあります。

例えば、

他会说中国话(tāhuìshuōzhōngguóhuà・彼は中国語が話せます)
我不会用筷子(wǒbúhuìyòngkuàizi・私は箸を使えません)
我会日语(wǒhuìrìyǔ・私は日本語ができます)
她什么都不会(tāshénmedōubúhuì・彼女は何もできません)
他会游泳吗?(tāhuìyóuyǒngma・彼は水泳ができますか?)
他会不会打棒球?(tāhuìbúhuìdǎbàngqiú・彼は野球ができますか?)

というような使い方をして、いずれも「~することができる」という意味になります。

上記の3例目と4例目のように、会だけで「~できる」と言う意味の(助動詞ではなく)動詞として使うこともできます。

助動詞として使う場合は、英語の助動詞「can」を連想すると分かりやすいでしょう。

また、「会」には上記と同じようなニュアンスとして、可能性や「○○のハズ」と言った意味でも使われ、例えば、

今天不会下雨的(jīntiānbúhuìxiàyǔde・今日は雨になりっこないよ)
他什么会知道呢?(tāshénmehuìzhīdàone・彼は知っているはずない)

のような表現をします。

否定形や疑問形も動詞のように扱える

そして助動詞「」を使った否定形や疑問形は、通常の動詞を用いる場合と同様の表現ができます。

まず、否定形の場合ですが、否定の”“を会の直前に付けて、不会(búhuì)を使います。

例えば、既に上で述べた我不会用筷子(私は箸を使えません)は、我会用筷子(私は箸を使えます)を否定形にした表現です。

次に、疑問形の場合ですが、文末に疑問の(ma)を付けると、そのまま疑問形になります。

例えば、上述の他会说中国话(彼は中国語が話せます)の最後にを付けて、他会说中国话吗?(tāhuìshuōzhōngguóhuàma)と表現すると、「彼は中国語が話せますか?」という疑問?表現になります。

また、”動詞+不+動詞”の形を取って、”“を”会不会“としても疑問の表現を作ることが可能です。

例えば、上述の他会说中国话(彼は中国語が話せます)を他会不会说中国话と表現しても、「彼は中国語が話せますか?」という意味の疑問形になります。

「~できる」を意味する能や可以との違い

さて、「」を助動詞として使って「~できる」という表現が可能であることを説明して来ましたが、実は「~できる」という表現が可能な助動詞には、他に「」と「可以」があります。

」も「」も「可以」も、同じ「~できる」と表現されるので間違いやすいのですが、中国語の場合、ニュアンスや使い分けも異なりますので、これらの違いを知っておくことはとても大切です。

以下、これら3つの違いを一つ一つ細かく説明します。

会の用法

」を用いる場合、「以前はできなかったことが、マスターすることでできるようになること」を意味します。

つまり、単に能力を有していることを表すというよりも、「技術を習得した」、「技能を磨いた」、「能力を獲得した」などの結果としてできるようになることです。

従って、上述の他会说中国话は「彼は中国語が話せます」と訳されますが、ニュアンスとしては「彼は中国語が話せなかったけれども、習得した結果として話せるようになった」という感じです。

同じく、上述の我不会用筷子は、「私は箸を使えません」の意味ですが、ニュアンスとしては「私は、箸の使い方をマスターしていないので、使えません」となります。

」は、何かの技能などを習得することだけでなく、赤ん坊が歩けるようになるなど成長に伴って自然と身につくようなことに対しても使われます。

また「会」は、「できる」の意味から転じて「~が上手である」と言う意味を表す言葉としても使われます。

能の用法

」(néng)を用いる場合、「能力を身につけていること、或いはその能力を発揮できること」を意味します。

つまり、習得した結果として身につけできるようになったというよりも、その能力を有している、その能力を発揮するに至った結果としてできることを指します。

例えば、鸟能飞(niǎonéngfēi)と言えば、鳥は飛ぶことができるという意味ですが、これは鳥が持ち合わせている能力のことを表現したものです。

また、上述の他会说中国话の代わりに他能说中国话と言えば、「彼は中国語が話せます」と同じような訳になりますが、ニュアンスとしては「中国語を話せる能力を持ち合わせていて、その能力を発揮できる」という感じになります。

は、能力があることを意味しますので、たとえ技能を習得してできるようになったことでも、数値などで具体的な能力を表現する場合には、ではなくを用います。

例えば、他会游泳,能游一万米(tāhuìyóuyǒng néngyóuyíwànmǐ)は、「彼は泳ぐことができ、1万メートル泳げる」と言う意味ですが、そのニュアンスとしては「彼は、水泳の練習をしてきたことで泳げるようになり、1万メートルを泳げる能力を発揮することができる」となります。

はマスターしたこと、は能力を表していることがよく分かると思います。

ちなみに、マスターしてできるようになったことでも、能力が回復して再びできるようになった場合には「」を使います。例えば、怪我が治って歩けるようになった場合などです。

そして、は「条件があってできる」、「用途があってできる」、「許可されてできる」、などと言った、直に能力とは無関係な場合にも使われます。

例えば、我后天能去(wǒhòutiānnéngqù)と言えば、「私はあさって行くことができます」と言う意味で、「用事がないから」などの条件が背後にある表現です。この種の場合、マスターしてできることではありませんので「」は使えないことが分かります。

なお、の否定形には「不能」と「動詞+不了」の2種類があります。

「許可」の否定形には「不能」だけが使われ、許可できない旨の意味になりますが、それ(許可)以外の場合は上記の2種類を使い分けます。

具体的な使い分けですが、本人の意志、つまり話し手の主観的な判断が伴う場合には「不能」を用い、何らかの客観的な理由や条件がある場合には「動詞+不了」を使います。

可以の用法

「可以」を用いる場合、「条件や許可などがあることで、能力を発揮する妨げがないこと」を意味します。

つまり、習得してできることや、能力によってできると言うよりも、支障がなくてできる条件がある、環境が整ってできる状態である、許可されてできる、などを指します。

従って、「~しても差し障りない」、或いは「~してもよい」と言った、可能や許可の意味で使われ、その意味から転じて控えめな勧誘としても用いられます。

例えば、你也可以参加比赛(nǐyěkěyǐcānjiābǐsài)と言えば、「あなたも試合に参加できます(参加してよい)」と言う意味になり、習得や能力に関係のない「できる」の意味であることが分かります。

この例では、背景に「資格があるから参加できる」、「日程が合うから参加できる」、「許可が下りたから参加できる」などの理由があって、能力発揮が妨げられていないことが分かります。

可以も能と同じく「条件があってできる」、「用途があってできる」、「許可されてできる」などの使い方ができるため、「」と「可以」のどちらでも使用できる場合があります。

但し、許可に関する場合は可以を使うのが一般的で、例えば、可以抽烟吗?(kěyǐchōuyānma)と言えば「たばこを吸ってもよろしいですか?」と言う意味になります。

ちなみに、「可以」の否定形には「不能」を用いるのが一般的です。

不可以」と表現する場合もありますが、これは「可能でない」、「許可しない」というよりも、「してはいけない」と言う禁止の場合に使います。

「会う」に相当する中国語

さて、気になるのは日本語の「会う」に相当する中国語の一般的な表現は何かです。

中国語の「会」は、上記に示したように面会といった使い方はしても、日本語の「会う」のような使い方は、普通はしません。

日本語の「会う」に相当する、中国語の一般的な表現は「(見)・(jiàn)」になります。

中国語の「」にはもちろん、日本語の「見る」と同じ意味はありますが、日本語の「会う」はあくまで「」なのです。(ちなみに、日本語の「見る」に相当する漢字は看です)

見)」が「会う」の意味をもっていることの分かりやすい例には、「再见」(ツァイチェン)があります。

中国語の「再见」は、「さようなら」という挨拶言葉ですが、これは「また会いましょう」の意味が転じて挨拶の慣用表現になったものです。

この例を見れば、「再见」の「」が「会う」の意味であることがよく分かります。

では最後に、「」を使った会うという表現をいくつか挙げておきましょう。

他打算和总经理见面(tādǎsuànhézǒngjīnglǐjiànmiàn)…彼は社長と会う予定(つもり)だ

我和她约好见面(wǒhétāyuēhǎojiànmiàn)…私は彼女と会う約束をする

我想见你(wǒxiǎngjiànnǐ)…私はあなたに会いたい

ここで、见面は顔を合わせるという意味でよく使われますが、见面他のような使い方はしませんので注意しましょう。(代名詞などは见面の後ろには来ず、必ず~の形になる)

ちなみに、私はあなたに会いたいという上記の表現「我想见你」は、英語で言えば「I want to meet you」のようなニュアンスです。

相手に想いをよせている異性に対しては、我想你(wǒxiǎngnǐ)と、英語の「I miss you」のような意味合いで表現します。

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